そんなジムラを長年たったひとりで運営しつづけているのは、オーナーの辻村仁美さん。ナイトウェアメーカーのインナー部門でデザイナー兼パタンナーとして6年間の勤務を経て、日本最大手の下着メーカーWacolに転職。出産を機に31歳で退社するも、大好きな下着に関わっていたいと下着専門手芸店ジムラを起業するほどの自他ともに認めるランジェリーフリークだ。
下着ハンドメイド市場の顧客ニーズを掴んだ「intimate jimura」
ジムラはがあるのは、大阪のシンボル通天閣から徒歩圏内にある西成区。なにわ文化が漂うディープなこの街で、辻村さんは子育てを両立しながら、たった一人でジムラを運営している。そのバイタリティはいったいどこから出てくるのか。そんな興味を抱きつつ、大阪へとインタビューに向かった。
──下着専門手芸店を起業したきっかけは?
子どもの頃からキューティーハニーのようなセクシーヒロインが大好きで、10代の頃には下着デザイナーになることを夢見ていました。地元の服飾専門学校を卒業後は、パジャマメーカーのインナー部門でデザイナー兼パタンナーとして6年間働き、日本最大手の下着メーカーワコールに転職しました。夢だった下着デザイナーとしてのキャリアを順調に積んでいましたが、31歳で長男を妊娠、そして出産。家庭との両立が難しくなり会社を辞めてしまいました。
元々大好きでやっていた仕事だったので、辞めてからも家のミシンで下着っぽい物を縫って手作りしていました。最初は趣味の延長で縫っていましたが、次第に本格的なものを作りたいという欲求が出てきて。メーカー時代に使っていたちゃんとした下着専用の材料を手に入れようとしましたが、専門の資材メーカーから購入するには最小ロットが設けられているため、自分だけでは使い切れないほどの量を購入する必要があったんです。それでも、なんとか自宅で本格的な下着を縫えないものかと試行錯誤した結果、そのレシピとパターンを販売するショップを立ち上げることにしました。
──自分の下着ブランドを作ることは考えなかったのですか?
最初は、自分が作った下着を製品にして売ることを考えていたのですが、インターネットの掲示板で自分で下着を作っている人たちが私以外も沢山いることを知って、それならば必要な材料をお裾分けしようかなと。いざお店をはじめてみると、世の中には自分でランジェリーを手作りしている人たちが本当に沢山いて。しかも、そういった人たちの多くが必要な材料の入手にとても苦労していることを知りました。
もうひとつは、当時洋裁好きの人たち向けのパターンショップが流行りだしていたというのもあります。主にパターンの型紙を販売するのですが、下着のパターンショップはまだ存在しませんでした。ただ、下着は洋服と違って材料の調達が難しく、パターンがあっても材料がなければ誰も買わないだろうと思ったんです。そこで、パターンと材料を一緒に販売することにしました。
──どのような方がjimuraを利用されているのですか?
自分と同じように下着が好きでオリジナルデザインの物を作りたい方はもちろん、お肌がデリケートで快適に着られる下着がほしい方や、身体的な特徴により市販品の下着が体型に合いにくい方などが、多く利用してくださっているようです。実は当初、下着にこだわりがなくてもハンドメイド好きな方から、新しい話題のネタとして好まれるのではないかと期待していました。でも実際にショップを開店してみると、そういう層の方々には全然響かず、純粋に下着の手作りに対してニーズをお持ちの方々に響いたということです。よく考えてみれば、作品を誰かに見てもうというハンドメイドの醍醐味が下着にはありませんからね。
グラビア関係のスタイリストさんから材料調達を頼まれたこともあります。その時のオーダーは「ノーブラに白Tシャツを着て水に濡れても、自然に乳首だけが透けないような裏地」というものでした。そのオーダーをいただいてから改めて世の中のグラビアを見てみると、凄い工夫の果てにこうなったんだな思えるものが沢山あって。すごく楽しく勉強させてもらいました。あとは、女性用下着の素材感や形が好きなのに男性用には同じようなものがないから自分で作るしかない、とおっしゃっていた男性のお客様も印象的でした。確かに男性用下着は女性用下着に比べるとバリエーションがまだまだ少ないですね。私もサテンやトリコットが大好きなので、その方の気持ちがよくわかります。
初心者でもトライしたくなる情報発信へのこだわり
──ショップを初めてみて苦労したことは?
やはり仕入先の確保ですね。小ロットから取引してくれる仕入先をコツコツ探して、極力小ロットで仕入れるようにしましたが、それでも最初は売り切る事ができず、ゴム等は古くなると劣化してしまうので随分破棄しました。今はほとんど処分することなく売り切ることができていますが。
ブラのワイアーも大変でした。仕入れロットも金額も大きくて、売れるかどうかわからないのに仕入れに踏み切るのは勇気がいりました。そもそもワイアーはパターンに合わせて用意するというのが本来の順番なので、パターンを持っていない人にいきなりワイアーだけ販売して成り立つのかと。結果的にはワイアーを販売したことは正解でした。パターンに合わせてワイアーを調達するのではなく、当店のワイアーに合わせてパターンをお作りいただいている小ロット販売のデザイナー様から好評をいただいています。ワイアーは需要があるので、今後はさらにバリエーションを増やす予定です。
──下着ハンドメイドの初心者向けの情報コンテンツも充実していますね。
材料に関する知識は下着メーカーに勤めていた時に培ったものですが、お客様の多くはそういった知識をお持ちではないので、専門的知識を初心者にもわかりやすいように情報発信することを心掛けています。また、材料の中には家庭用ミシンでは縫製が難しいものもあるため、初心者向けには家庭で縫いやすい材料を提案しています。
例えば、ショーツに使用するピコゴムですが、工業用ミシンで均一にテンションをかけながらつける場合と違って手でテンションをかけるとどうしても“ムラ”が出てしまいます。工業用であれば、つまみ一つでテンションを簡単に設定できていたものが、家庭用ミシンではその機能がついておらず、手で材料を絶妙に伸ばしながら縫う必要があって、材料の伸縮にあわせたテンションの設定が最も難しい所なのです。普段からTシャツ等のニット素材を縫いなれていらっしゃる方でも下着用素材の伸縮は比ではないのでなかなかうまくいかないとおっしゃいます。そのムラは縫い上げた時に歪みやねじれになるので、パターンに引っ張り具合を調整する目盛りをつけたり、歪みが出にくい分厚いピコゴムを初心者向けとして案内したりしています。
慣れてくると家庭用ミシンでも大手下着メーカーが使用している柔らかいピコゴムを綺麗に縫えるようになりますが、素材の特性などの情報は初心者の方だけでなく慣れた人にとっても役立つので、そういった情報をお客様が知識としてストックしていけるように発信していきたいと思っています。
──初心者でもわかりやすいよう、他に工夫されていることはありますか?
商品名の付け方ですね。難しい専門用語よりも感覚的に理解できるような言葉を選んで情報発信すれば、下着ハンドメイドに対する心理的なハードルも下がりますし、完成品の仕上がりもイメージしやすくなります。
例えば、息子のオムツが外れたばかりの頃に、スタイリッシュでコンパクトなボクサーパンツを作ろうとしたのですが、近所の手芸店にあるゴムはとても堅いウエストゴムばかりで、下着メーカーでは簡単に手に入っていた柔らかいコメットゴムはどこにもありませんでした。そこでコメットゴムを仕入れることにしたのですが、一般的な織ゴムや板ゴム、パジャマゴム、そのどれとも違う柔らかいゴムなのに、コメットゴムという専門用語ではその良さが全く伝わらない。そこで、商品名の頭に「驚くほどやわらかい」という言葉を付けて売り出したんです。そうしたら想像以上に売れて、コメットゴムは今でも一番人気の商品となっています。
下着を手作りする楽しさをもっと世の中に広めたい
──今後の活動や事業計画について、どのようにお考えですか?
これまでは自分一人で運営していることもあり、ホームページ以外では積極的な情報発信をしてきませんでした。でも今後は人も商品も増やして、積極的に営業していこうと思っています。例えば、オリジナル商品を作りたいからこんな材料を調達したいといったご依頼を企業や個人様から頂くこともあるのですが、今はまだ一人で運営しているため、ご依頼はほとんどお断りしています。そういった個別のカスタム要望にもお応えしたいし、パターンの販売にもっと力を入れたい。もともとパターンの販売をやりたくてジムラを始めているので、材料だけでなくパターンの種類はもっと充実させたいですね。
ジムラを開店した頃は、下着のシェアは大手数社がほとんどといった印象でしたが、今は本当にバリエーション豊かだと思います。コンセプトのしっかりした新しいブランドが沢山出てきて、それらの多くはネットで買うこともできる。歩き疲れることなくランジェリーを探すことができ、まだ誰も知らない素敵なランジェリーに出会えたりするのも楽しいです。世の中の下着へのニーズも多様化しているので、今後はショートタイプのブラワイアーやレースアップできる特殊なフックアイ等、ジムラでもブラ用の材料をもっと充実させていく予定です。
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下着を手作りするということは、多くの人にとってハードルが高いもの。それでも、自分で下着を作ってみたいと思っている人たち確実に存在し、そのマーケットに需要が追い付いていないという現状を今回のインタビューを通じて知ることができた。自分でランジェリーを手作りしてみたいと思っていた人だけでなく、下着は店で買うものだと思っていた人にとっても、ジムラは好奇心を刺激してくれる存在であるに違いない。自分だけのこだわりが詰まった下着を手作りできるようになれば、ランジェリーの楽しみはもっと広がりそうだ。